第4章 みどりのSFガーデン 〔クラウドフォレスト編〕 |
◇ 濱海灣花園 ◇ ガーデンズ・バイ・ザ・ベイを中国語の繁体字(※注)っぽく書くと、「濱海灣花園」となります。同様にフラワーガーデンは「花穹」、クラウドフォレストは「雲霧林」、OCBCスカイウェイは「華僑銀行空中走道」。何となく伝わってくるものがありますね。ちなみに「濱海灣金沙酒店」だと、マリーナベイサンズを意味します。「金沙」とは、ラスベガス・サンズというカジノリゾート運営会社のこと。その名の通り、同ホテルには世界でも最大規模のカジノがあります。 (※注)シンガポールでは中国大陸同様、「簡体字(漢字を簡略化した字体)」が使われていますが、ブラウザ環境により表示されないことがあるので、ここでは「繁体字」風に書いています。繁体字は日本語の旧字体に似ていますが、同じではありません。 |
にこやかな笑顔のお姉さんたちに迎えられ、クラウドフォレストに一歩足を踏み入れます。目の前には霧に包まれた高さ42mのクラウドマウンテンがそびえ立ち、流れ落ちる滝が見る者を圧倒します。建設当時、こんな会話があったかもしれません(すべてフィクションです)。 |
◇ ラフレシアの秘密 ◇ 館長:ご苦労さん、かなり大がかりな工事だったがようやく完成に近づいたな。 職員:はい、海抜2,000mの熱帯高原を再現するため、ぼう大な量の植物を集めました。何しろこの大きさですから植栽も大変でしたが、やはり落差35mの滝は圧巻ですね。 館長:うん、滝はいい。マイナスイオンに満ちている、身も心も洗われるようじゃないか。 職員:でもマイナスイオンって、最近はその効果が疑問視されてるんですけどねえ・・。それよりそろそろ移動しませんか?いつまでもここにいたら、ずぶ濡れになっちまいますよ。 |
館長:ごちゃごちゃ言っとらんで、例のやつは準備できたのか? 職員:はい、滝を通り過ぎた先に設置する、頂上行きのエレベーターですね、完成しています。 館長:違う違う、エレベーター乗り場手前スペースに配置する、ラフレシアと食虫植物だよ。 職員:あれですか、なにぶん貴重な植物でして、集めるのに難航しています。 館長:そうか、ならばいっそのことレゴで作ってしまえ。 職員:えっ!?レゴってあのブロックのおもちゃですか?まさか、ご冗談でしょう・・。 館長:冗談なものか、そもそもキミはラフレシアがどういう由来の植物か知っているのかね? |
職員:もちろんですよ、「世界最大の花」でしょう。ラフレシア(学名:Rafflesia arnoldii )という名前は、あのトーマス・ラッフルズ卿(Sir Thomas Stamford Raffles)にちなんでいますよね。 館長:そう、植民地時代のシンガポール建国の父だな。わが国が誇る名門ホテル、「ラッフルズホテル」も彼の名前を冠している。 職員:まさに、シンガポールの歴史を象徴するような花ですよねえ。 館長:まあ待ちたまえ。ラフレシアを発見したのは、ラッフルズ卿自らが隊長となって指揮した調査隊だが、この花には少々問題があってな。 職員:問題?・・ですか、いったい何が。 館長:通常、植物というやつは自らの花粉を、昆虫や鳥を使って運ばせるだろう。これを送粉者とか、花粉媒介者と呼んでいる。 |
レゴブロック製のラフレシアと食虫植物。細部にわたって作り込まれています。 |
職員:ええ、それは知っています。効果的に花粉を運ばせるために美しい花を咲かせ、甘い蜜や香りなどで送粉者たちを誘引するんですよね。 館長:その通り、だがこのラフレシアはその送粉者として、ある種のハエを選んだのだ。それも腐肉や獣糞に群がる、キンバエの仲間だな。だから花の外観や手触りも腐肉のようだし、匂いはまるでくみ取り便所そのものなんだよ。 職員:なるほど、つまりこのような閉鎖されたドーム内に植栽するには不適当だと。 館長:そうだ、何しろわが国では、公衆トイレで水を流さなかったら1,000ドルの罰金だぞ。 職員:しかしこんな大きなものをレゴで作れって、しかも食虫植物もですか?開館に間に合わないのでは。 館長:つべこべ言ってるヒマがあったら、さっさと取り掛かりたまえ! 職員:ははっ。 |
◇ ロストワールド & アバター ◇ |
職員:ところで館長、この頂上に造る「ロストワールド」という庭ですが、ここにはやはり動く恐竜模型を? 館長:そんな予算が残っていると思うかね。 職員:でもスポンサーのOCBC(華僑銀行)は、ブルームバーグ誌の世界最強銀行ランキングで、2年連続の首位に輝いたじゃないですか、資金は潤沢なのでは? 館長:あのな、ここにはすでに10億ドル以上の巨費を投じているんだぞ、それも用地取得費用は別にしてだ。おまけに2箇所の冷温室を管理するため、日本の会社に発注して床冷房や床下埋設ダクトによる置換空調、日射コントロールなどの最先端技術を導入している。年間にかかる費用約5,800万ドルのうち、半分近くはこれらの維持費として消えているんだよ。 |
職員:へえ、何だかよくわからないけどすごそうですね。 館長:つまりは赤道直下のわが国でだな、フラワードームと合わせて2ヘクタールもある広大な空間を、乾燥亜熱帯気候や海抜2,000mの環境に保つ、というのは並大抵ではないということさ。 職員:なるほど、たいへん勉強になりました。ところで、この山をぐるっと取り囲む散策路、クラウドウォークからの眺めは壮観ですね。金網から下が透けて見えるからちょっと怖いけど、マリーナベイサンズをはじめ、ウォーターフロントの景観を一望できますよ。 |
館長:うむ、クラウドマウンテンのふもと付近には、ツリートップウォークという散策路もある。ここからは樹冠の連なった部分、いわゆる林冠(キャノピー)を、鳥の視点で観察することができるんだ。 職員:ツリーといえば、このスーパーツリーグローブの景観は、ほとんど映画「アバター」の世界ですね。スーパーツリーは人工樹だけど、その外壁には本物の着生植物、つまりシダやランの仲間が200種類以上も植栽されているんですよね。 |
館長:それだけじゃないぞ、スーパーツリーには雨水を貯める機能もあるし、太陽光パネルで発電もしている。廃棄された植物はバイオマス炉で発電に使われるが、スーパーツリーはその際の煙突の役割も果たしているのだ。 職員:なるほど、「エネルギーや水の持続可能な循環と自然との調和」というのが、このガーデンズ・バイ・ザ・ベイの共通目標ですものね。 館長:その通りだよ、たまには良いことを言うじゃないか。 職員:へへっ。 〔館内マップはこちら:Gardens by the Bay 公式サイト(英語) 〕 注:新しいタブが開きます。 |
◇ クリスタルマウンテン & +5デグリー ◇ 職員:クラウドウォークの終着点は、「裏見の滝」みたいになっているんですね、迫力の眺めだなあ。ところで、この山の中腹の洞窟みたいなところは何に使いましょうか? 館長:ここは、地球の生い立ちを学ぶスペースにしよう。その名も、「クリスタルマウンテン」だ。 職員:すると、ここに展示する鍾乳石や鉱物なんかも、ラフレシアみたくレゴで・・? 館長:わかっとらんな、世間は本物を求めているのだ。もう時間もあまりないから、洞窟に行ってチェーンソーで、つらら石や石筍をぶった切って来たまえ。 |
職員:でも館長、鍾乳石って50cm成長するのにまるまる1年もかかるとか言いますよね、貴重な自然遺産じゃないですか。 館長:1年で50cmじゃない、50年かけてようやく1cmだ。貴重だからこそ、展示する価値があるのだ! 職員:ははっ(いーのかなぁ)。 |
職員:最後に教室みたいな所に出ましたが、ここは何をするところですか? 館長:ここはだな、+5デグリーズといって、シミュレーションを通して地球温暖化を学習する施設なんだよ。 職員:ははあ、鍾乳石のときの罪ほろぼしってわけですね。 館長:ん?何か言ったか。 職員:いえ、何でもありません。ほら見て館長!道路が川になってますよ。地球温暖化は怖いなあ・・。 |
館長:しかし今日は結構歩き回ったから疲れたな。おお、ちょうど良い。そこにワニの形をしたベンチがある、少し座って休憩していこう。 職員:えーっ!?こんなギザギザの背中に座ったら、お尻が痛いですよ。 館長:こらこら、そっちに座っちゃいかん!こっちの平らな方だ。 職員:ああ、これなら大丈夫ですね。 (すべてフィクションです) |
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