特別企画! THE WAY TO DUBAI
ドバイへの道~現地渡航編


19章 Dubai Museum ~歴史と伝統文化の旅

「アッラ~フ♪アクバ~ル(アラーは偉大なり)♬アッラ~フアクバル・・・・・・」。ドバイに限らずイスラム教の国を歩いていると、必ず拡声器から流れてくるこの歌声。ダンナ河野は長らくこれをコーランの朗誦だと思い込んでいましたが、そうではありません。これは「アザーン」といって、キリスト教でいえば教会の鐘を鳴らすようなもの。一日5回の礼拝(サラート)の時を告げるため、モスク(イスラム教の礼拝堂)から「礼拝に来なさいよ~♪」と、周囲の住民に呼びかけているのです。音質、音色ともに、日本人が聞けばまず竿竹屋さんや石焼いもを連想することでしょう、しかし中には思わず聞き惚れてしまうほど上手な人もいます。

◇ ドバイクリーク ◇

回の旅はまずマディナ・ジュメラから始まって、バージュ・アル・アラブ、そしてドバイクリーク河畔の市街地へとやって来ました。ドバイクリークは市街中心部を流れる長さ10kmに及ぶ天然の入り江で、別名「ホール・ドバイ」とも呼ばれています。メソポタミア文明とインダス文明の中継貿易拠点としてドバイが発展してきた際に中心的な役割を果たしてきたという、まさにドバイの歴史と文化発祥の地。大ざっぱに分けるとこのドバイクリーク北側(地図右-空港側)がデイラ地区、南側(地図左-ジュメイラビーチ側)がバール・ドバイと呼ばれています。


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デイラ側には、建設中のザ・パーム・デイラを初めとして、ゴールドスークやスパイススークといった市場が河口近くに並び、我々の泊まっているシェラトン・ドバイ・クリークを含むホテルやショッピングモールなどの近代的ビルが建っています。一方、バール・ドバイ側にはヘリテージ・ヴィレッジやシェイク・ザイード館のようなドバイの歴史を今に伝える施設があり、すぐ近くには昨日間違えて降りたアブラ船着場とオールドスークがあります。そしてオールドスークから少し上流に向かって歩くと首長府やグランドモスク、昔ながらのウインドタワーの並ぶバスタキヤ地区などがあり、これらと隣接して今回の目的地、ドバイ博物館があります。


◇ ドバイ博物館 ◇

バイ博物館はもともと近隣部族の侵入を防ぐために造られた「アル・ファヒーディ砦(とりで)」という、ドバイ最古の建物を改装したものです。だから建物は砦そのものの形をしており、壁はサンゴや貝殻を石灰で固めたもので造られています。この砦は首長の居城や弾薬庫、刑務所などを経て、1971年に博物館としてオープンしました。大砲の並ぶ正門から中に入ると中庭があり、また大砲があって砲弾が山と積まれています。この中庭にはクリークを横断するためのアブラや、1本の木から造られた小型のくりぬき船、海から船を引っ張るための道具、夏に屋外で寝るための簡易ベッドなどが展示されていました(※)。


とにかく外はもう、いやになるほど暑いので中庭から逃げるように館内に入りました。ちなみに入場料はわずか3Dhs.(約100円)、中はひんやりとしていていく分過ごしやすいようです。さっそく出迎えてくれたのは刀や盾、斧に槍、弓矢にライフルにピストルといった武器の数々。お祭りなどで使われる笛や太鼓、竪琴などの楽器や昔のアラビアの地図、ドバイクリーク発展史といったものも展示されています。ドバイではこれまでに4つの遺跡(ハッタ、ジュメイラ、アル・クセイス、アル・スフー)で発掘が行われており、沿岸部には今から約4,000年前にはすでに小さな漁村があったことが確認されていますが、現在のドバイ指導者であるマクトゥーム家に率いられて「バニ・ヤス」といわれる有力な部族がこの地域に定住するようになったのは1833年のことだそうです。ここでの展示も19世紀から20世紀までの、すなわち石油時代以前の農業や、ベドウィン達の砂漠での生活、真珠や魚を採る漁師たちの生活などがメインであるという印象です。


館内はさらに進むと、5~6つくらいの部屋に分かれていました。湾岸地域の主要な港として、またアラビア世界でも最大級のスークが作られた都市として栄えていったドバイの当時の生活を、模型やろう人形を使って臨場感たっぷりに再現しています。また、1930年代から現代までのドバイの発展史をビデオで上映している部屋があって、空撮を多用した楽しい映像になっています。ダウ船建造風景を実物大で再現した模型もなかなか圧巻です。


◇ モーレツからビューティフルへ ◇

バイでは長年、真珠採集がその繁栄を支えてきましたが、これに致命的な打撃を与えたのが世界恐慌と、わが国をはじめとする真珠養殖事業だといわれています。後者は当時のアコヤ貝乱獲への危機感からスタートしたとはいえ、同じ日本人としては何か複雑な心境です。しかしドバイはその後も金を初めとする交易に活路を見出して再興を遂げ、ついに油田の発見と70年代のオイルブーム(ちなみに西側諸国ではオイルショック~石油危機と呼ばれてました)がやってきました。日本では高度経済成長の発展重視に対し、「モーレツからビューティフルへ(古すぎ!)」などと人間回帰が主張されはじめた数年後のこと。ドバイではこれを契機に「キャメルからキャデラックへ」、「中世から21世紀へ」などという言葉に象徴されるような急速な経済発展を遂げたのでした。


博物館の奥のほうに進むと、考古学上の遺跡や出土品などが展示されています。ヤシの葉で作られた最も原始的な小船や、ジュメイラ地区の遺跡の模型もあります。ジュメイラの遺跡からは7世紀~15世紀までの出土品が見つかっているそうですが、当時の人が今のジュメイラビーチに造られたスーパーリゾートを見たらそれこそびっくりして、腰を抜かすかもしれません。

さて、ひと通り館内を見終わったので、近くの売店でみやげ物などを見てまわりました。売店の近くにはベンチがいくつか並んでいますが満員で座れず、しかたなく自動販売機でジュース(1Dhs.)を買って立ち飲みしました。その後、いったんホテルへ戻ってシャワーを浴び、昨夜のこともあるので少し早めにロビーへ出ます。ここで迎えの車を待ち、今度はいよいよドバイでの最後のイベントとなるサファリ・ツアーへと出発です。

※我々が見学した際のドバイ博物館の開館時間は平日8:30~20:30、金曜日14:30~20:30だった。平日昼間に見学する分には問題ないと思われるが、開館時間は季節やラマダン期間などでしょっちゅう変わってるようなので、事前に確認しておくのが無難。

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